お寺について About us
修樂院について
「修樂院第一世瑞臨和尚が昭和四十八年、藤井寺の地に自身の治療の腕を磨きながらも人々の病苦を救わんと、修樂院指圧療術所を開くを始めとし日々神仏に朝暮の勤行を捧げ、また大和は大峰の山々に幾度も入峰修行するは、偏に衆生救済の力を求めんが為を誓願す
小衲 臨慎は、先師の苦耕精進したる福田の遺鉢を継ぎ、ここ柏原は今町の地に弘法大師の法灯を新たに点す。
「法は人によって弘まる」とのお大師様の言葉を肝に命じ、「全ては笑顔のために…」を生涯の誓願とするも、先師瑞臨和尚の後を承けて法灯を後薫するは、法﨟甚だ浅く戒行未だ熟せず。」・・・
上記の文は、平成22年4月29日「開山落慶法要」の慶讃文(けいさんもん)の抜粋です。
当山初代 瑞臨和尚は、藤井寺市内に「修樂院指圧療術所」を、昭和48年に開院しました。
己の技(指圧師としての技量)と神仏の加護を以て、一人でも多くの方を、治療し救いたいと精進していました。然しながら、平成17年8月にその志半ばにして、他界しました。
平成18年4月に第二世 臨慎が帰阪し、藤井寺市に修樂院の前身となる「修樂坊」を開き、新寺建立の夢を追いかけ始めました。
また、先代 瑞臨和尚の志と法灯を継ぎ、平成21年4月、大阪で一番小さいお寺「修樂院」が完成し、現在に至っております。
しかし建物は完成しましたが、本堂を荘厳する仏具が買えません。有難いことに、「お祝いに奉納する…」「うちの寺の古い物だけど…」「うちの寺に二つあるから…」等々、尊像・仏画・仏具が揃い、平成22年4月29日、「開山落慶法要」を厳修することできました。
御導師様をはじめ、20人近くの僧侶と、たくさんの檀信徒が参座し、盛大に執り行いました。
(嬉しさと有難さに感極まり、前述の慶讃文を読んでいる途中、先代の笑顔が浮かんだ瞬間に、大泣きしてしまいました。)
金剛寺について
開山初代 山田聖順 師により昭和初期に現在の大東市寺川に新寺建立されました。戦中・戦後と物のない時代に命懸けで、檀信徒の方々と頑張って来られたようです。
その後、幾代もの住職にて護られてきたのですが、次第に荒れ果てて行き、平成26年には天井が落ち・床が抜け、本堂内に竹の子が生えている状態でした。
仏縁に導かれ、この金剛寺の法灯を継ぐこととなり、「金剛寺
平成の復興計画」を立てました。先ず、建物倒壊の危険がある為に緊急を有し、仏さまの避難・仏具の移動を済ませ、建物を撤去し更地に戻しました。色々と調べた結果、境内地は他人様の名義であり、この地での復興を断念し、金剛寺を柏原市へ移転することを役員会で決定しました。
そこで、「寺川高野山 金剛寺」と「和孝山 修樂院」が、平成27年1月1日を以て合併し、「和孝山 金剛寺」となりました。平成28年10月に「総本山金剛峯寺」と大阪府より許可が下り、登記も完了しました。
現在、「全ては笑顔のために…」を、当山の永遠のテーマ(誓願)として、全ての人が心豊かに平穏に、そして笑顔ですごせますよう願います。
当山僧侶のご紹介
副住職示龍(しりゅう)
- 平成3年10月23日(未歳)生
- 埼玉県毛呂山町生まれ
- 藤井寺中学卒業
- 府立農芸高等学校卒業
- 南九州大学卒業
- 高野山専修学院卒業
- 高野山大学•種智院大学聴講終業
趣味
生け花・野菜栽培
院家志光 (しこう)
- 平成5年9月22日(酉歳)生
- 埼玉県毛呂山町生まれ
- 藤井寺中学校卒業
- 府立農芸高等学校卒業
- 大阪調理製菓専門学校卒業
山主臨慎 (りんしん)
- 昭和40年12月6日(巳歳)生
- 奈良県橿原市生まれ
- 藤井寺中学校卒業
- 高野山高等学校卒業
- 高野山大学卒業
金剛寺の仏さま
ご回向・護摩祈願・ご祈祷
当山では、ご回向・護摩祈願・ご祈祷を行っております。
まずはお気軽にお問い合わせ、ご相談下さい。
- ご回向
- 葬儀・法事・月参り・七日参り・先祖供養などお気軽にご相談下さい。
こんな方法もありますよ!と、アドバイスできます。 - 護摩祈願・ご祈祷
- 家内安全・安産守護・病気平癒・心体健全・学業成就・心願成就・交通安全(車両加持)など
※毎月21日(1月を除く)朝6時〜朝護摩を行っております。ご自由にお参り下さい。